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1982年(昭和57年)開発開始「発証機に毛の生えた軒並帳作成機」 この長ったらしい銘々、これがカタカナしか使えなかった8ビットパソコン時代、初代新聞システムです。
翌1983年の販売実績は1店、その翌年が4店です。 |
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当時どこへ行っても
新聞屋にコンピュータなんか不要だ!
コンピュータを導入したら紙が増えるのか!
証券を手書きするから心がこもる。読者を覚える!
カタカナの証券なんか読者に失礼だ!
これが当時99%の声でした。 |
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初代開発に至ったのは、その前に販売した他社製東京紙販売店向けシステムが、基本的に道新では使えなかった事が始まりです。
何が違うか、東京紙では毎月末翌月の順路帳作りが基本業務です。
そうです、現読だけの順路帳だから当たり前です。
道新販売店は言葉からして「軒並帳」です。それは全戸台帳であり、予約簿であり、移動増減簿であり、配達順路帳であり、拡張順路帳であり、未読者台帳であり、と全ての役目を兼ね備える源です。
万一の事が合っても軒並帳だけを持ち出せば、今日から配達できます。
そして、もちろん予約簿も移動増減簿も別に完備します。
各店いろいろ工夫を凝らして自店用に作っても、基本は「軒並帳」「移動増減簿」「予約簿」である事に変わりはありません。
業務レポートだって紙勢実態だって全ての源は基本3簿冊です。中でも軒並帳は全ての源であり、今風に言うなら、全読者データベースです。
「発証機に毛の生えた軒並み帳作成機」とは、発証業務を合理化し、読者データベースをパソコンに入れると、いろいろな角度から取り出せるよ。だから発証機とは違って、ちょっと毛が生えてるよ、実はすごいんだよ。
長ったらしい名前にも意味があるんだよ。東京紙向けシステムとは違うんだよ。という事でした。 |
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都合20システム程度しか販売できなかったこの時代の後にきたのが、漢字も使える16ビットパソコンの登場です。
2代目はその名も「応援団」、道新販売店の強力な応援団だよという意味でした。
続いて地図システムオプションも販売開始し、1988年(昭和63年)には、延べ100システムの販売に至り、全国販売へとつながりました。 |
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平成を迎え、「3代目・がんばるべあ〜」からLANが当たり前になり、一人1台どころか信毎販売センターでは本社と13支店をISDNで結ぶWAN接続を実現し、2000年には全国各地の7地方紙へとユーザーが広がっています。
(内緒ですが、その前の2.5代目では大失敗もしています) |
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そんなこんなと歴史を重ねるうちに、
社内は、開発担当取締役も新聞販売店出身者が努め、排出した人材からは、競合システム担当者すら弊社出身という状況にまで至っています。
(但し、システム内容は常に数年以上の後追い状態が現実です。)
その間、新聞販売店システムから育った弊社は、全国をネットワークするASPに成長できました。 |
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お待たせしました、ようやく4代目システム「eべあ〜&地図だべあ〜」の登場です。
次世代の幕が開きました。 |