言いたい放題と銘打ったからには21世紀元旦から第1号の発刊である。

ネットの匿名性

匿名の中傷等での被害者に対して発信者の氏名開示を定める新法ができそうだと事である。
これは評価したい。
匿名性というものは如何に書く者の品位を落とすかという事を実感している。
弊社の場合性善説に立ちすぎた全くオープンなサイトなため、結構メールを戴く。
多いのは高速バス運行への質問やクレームなのだが、匿名どころか何の署名も無いメールが
半分以上を占める。広報担当の小生として必ず返信をするのだが、
無署名の場合必ずといってその後何の音沙汰も無い。
きちんとした署名がある場合はほとんどの場合お礼のメールを戴け、大変気持ちの良い思いができる。

バス事業者と各社の対応が話題になった事がある。
1、まずWEBにメールアドレスを公開しない事業者、
2、公開して、すべてのメールをTOPまであげる事業者、
3、公開しているが、すべてのメールをTOPまであげるのではなく、
匿名や無署名且つ言葉遣いも含めて常識が疑われ、
TOPにあげる意味どころか見せたくないメールはカットするという事業者、
その3種の対応だった。

1の公開しない事業者の「対応する人間がいないと返って失礼。」
という言い分も良く分かるが、であればやはりそれ自体を業務に組入れるべきだろうなと思った。
2のすべてというのは担当者によってはずされるメールを危惧するTOPというのも分かりそう
な気がするが、実際には本当に大変だろうと思われる。
そうしてみると、やはり3が妥当なのだろうと思う。
そう判断せざるを得ないぐらい、匿名性というのは人間の品位を落としてしまう、というのが実感である。
3の場合でも、あげられなかったメールについて時々チェックする事によって、
チェックする担当者の緊張感にもつながるだろうから、
良い情報だけしか上がらないなんていう危惧はTOPの問題だだろう。

2月には発車オーライネットへWEBから予約を受け付けるサービスを開始する予定だが、
これは全く性悪説に立ったシステムとルールにせざるを得なかった。
残念ながらバス事業者はWEBに対してまだまだとても臆病だが、現実はそれを理解してあげなければならない。
今考えられている新法によって、性善説に立った「WEBは信頼できる」という文化を築けないものか、と思う。
ハッカー的なことは益々増えるだろうが、普通の参加者を疑わなくて良い、
となったら益々色々な可能性が開けるだろうと思う。(2001/1/1)