Philosophy & Message

理念・メッセージ

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経営理念

Philosophy

誠実を旨とし、関わる全ての人を大切にする。
商品、サービスを常に磨き、事業を通じて社会に貢献する。
変化を楽しみ、働く私達の幸せを追求する。

創業者は強いリーダーシップで常に前に突き進む。前進あるのみ。
自分そのものが経営理念と言わんばかりに。

創業者は病気のため言葉が不自由になったこともあり、
全社に向けた工房の価値観を明確に表現したものはあまりありませんでした。

社員が一定の規模となり、将来をどう作るかを考えた時に、
そもそも社員が向かうべき工房がどうあるべきか、私達が大切にしていく価値観の中心が
何であるかを明確にするため、創業者である会長が健在であり、
50周年を見据える40周年を迎える直前の2019年3月26日に、
当時の5人の取締役会で経営理念は決定しました。

私はこの経営理念を体現する事が仕事です。
何かの判断や行動を起こす時、経営理念に沿った考えであるかをいつも考えています。

一番大切な事は、お客様、サービス利用者、取引先、社員など、関わる全ての人に誠実である事。
工房という社名ではあっても、モノとしての商品だけでなく、様々なサービスも大事な事業となっています。
それらを常に磨き上げる事が重要であり、事業を通じて社会に貢献していく事を大切にする事。
変化は受け入れるものではなく、自らが率先して前向きに楽しむものである事。
最後に、仕事を通じて働く社員や経営者が、自分達の幸せを追求していく事。

人に対する姿勢、事業に対する姿勢、私達が幸せを追求していく姿勢。
それらの価値観が一つになって経営理念となっています。

2022年5月31日 成田明正

代表メッセージ

Greetings

40年を迎える工房は、
50周年を迎えるための地盤固めを進めて行きます。

「アフターコロナを見据える」
新型コロナウイルスの猛威によって世界は大きく変わり、10年かけてゆっくり変わって行く事が1年で一気に変わりました。誰もが経験した事の無い危機に向き合い、従業員の安全確保と共に、事業の継続と、コロナを乗り越えた後に何を提供するのか、何が必要とされるのか、という事を常に考えて参りました。

世の中で大切にされていく常識・価値観は、時代と共に変わります。
少しづつコロナの出口は見えてくる中、集団から個人に、モノからコトに、アタリマエから多様性を尊重する社会にますます変わってきました。私達が作るソフトウェアも、何処でも使える、誰でも使える、簡単に使える、そして様々な連携という事が、会社に出勤しなければいけない前提が変わる中で、DXという言葉と共に強く求められるようになり、それを見据えた開発を昨年から行っています。交通業界ではMaaSやそれに向けたGTFSが起爆剤となり、自動車を中心とした社会から、誰でも自由に移動ができる社会へ向かっています。スマホでの様々な情報の見える化、デジタルチケット化も私達の役割です。

また、環境や社会、人に対する誠実さがより大切にされる時代になり、SDGsやESGなど、会社は利益を追求する事と共に、社会問題の解決をそれぞれの立場で担う事が求められています。これらに反する企業は、いずれ誰からも必要とされなくなります。お客様に正直である事。安心・安全に向けたソフトウェア開発。元々環境負荷の少ないバスを便利にしていく事。耐久性、耐震性、断熱性などを通じて環境に配慮された建築を行う事。そしてそれらを作る社員の心身の健康とジェンダー平等を守る事。私達はこういった時代の要請に向き合うと共に、お客様に必要とされる会社作り、社員が誇りと愛着の持てる会社作りをこれからも続けて参ります。

2021年6月30日
株式会社工房
代表取締役社長 成田 明正

Akimasa Narita

創業者メッセージ

Greetings

やりたいことをやる、やり通すから人生は面白い。

私は、誰しもが認めるわがままで自分勝手な人間。ただし、これは長所。断じて短所ではありません。
やりたいことをやる、やり通すから人生は面白い。死が訪れたときに、もう一度やりたいと思う人生を生きたい。

10代のころ目指したのはロック・ミュージシャン。ヴァン・モリソンに憧れ、夕張をあとにして上京。
新宿ACB(アシベ)などのライブハウス(当時はジャズ喫茶と呼ばれていた)で、ギターとボーカルを聴かせていました。
ところが、当時ナンバーワンバンドだったゴダイゴのギターリスト、浅野孝己さんに「プロになるのは難しい」と言われて、
プロミュージシャンの道を断念しました。

妻は当時私のファン。結婚を申し込みに彼女の実家に行きましたが、彼女の父親にアフロヘアが嫌われて駄目。
じゃあと丸坊主にして訪ねたら、さらに駄目。もうしかたがない、妻と一緒に夜行列車で札幌に駆け落ちしたのです。

心機一転サラリーマンへ。
営業の面白さに目覚めてがむしゃらに働き、やがて事務機販売会社として独立。
既製品を売っているだけではつまらなくなってソフトウェア開発を始め、さらに建築事業部もつくりました。
病気はしましたが、意思と頭脳は健康そのもの、これからも新しいことをやり続けます。

株式会社工房
代表取締役会長 成田 正史

Masashi Narita

創業者からの先人訓

営業が会社の指針
額に汗して作ったものは、額に汗して売らねばならぬ
約束時間は絶対
銭儲けとは、お客様のお役に立つこと(もの)
常に勉強。お客様より知識が無ければ役に立てない。
勝つ。負けて悔しくなければ、それ自体が大問題。
紹介は具体的にこちら側からお願いする。
約束時間は絶対
山をどう作るか。興味をもたせ、気に入らせ、納得させて、契約調印。
頭と足と実行。それだけで結果は出る。
次は何をしなければならないかを常に考え、そして実行。
毎日が結果。成果が無い日は、仕事をしていないと同じ。
件名をどれだけもっているか。気持ちがなえたら、件名先でお茶を飲め。

以上
結果が出なければ何が足りなかったかだけ反省し、結果を実行すれば良い

新人訓

コンピュータとネットワークに息を吹き込む付加価値サービスを
開発・販売・サポートするシステムメーカとして、『商売』を行う。そして、

  • エンドユーザには利益を、
  • 提供するわれわれにもまた利益を、

それが株式会社工房の業務であり、存在である。
『商売』とは競争そのものであり、必ず勝たなければならない競争である。
又、『あきない』とも読み、真面目にこつこつの事でもある。
現在、特定の業務に特化している理由は、どんな凡人でも一つの事を突き詰めて行う事によって、 他より上回る事ができる、という事による。
その意味でコンサルタント以上の岡目八目でなければいけない。

ただし、未来まで現在の形態にこだわる理由はない。
給与は会社から貰えるものではない、具体的には社員である人間が稼ぎ、 会社を通して分配されるだけの事である。
一人一人が力を発揮し、耕し、全体の収穫へ発展させ、収穫を山分けする事である。
山分けする収穫を上げられなかった場合も逆の意味で同様であり、 『負』を未来の社員に先送り負担させる事はしない。
収穫とは、ダイレクトに『お金』であり、労働の対価をお金で得ることである。
お金を得られないという事は働いていない事と全く同じ意味になる事は言うまでもない。
社員は以下の三種類に分類されているが、そこにとどまることは許されない。

  • 半人前以下

    食べさせてもらう人
    (特に自覚が必要)

  • 半人前

    自分の口を自分で
    食わせる事のできる人

  • 一人前

    自分の口と新人の分を
    稼ぎ出せる人。

半人前以下社員は出来る限り早くステップアップすること。半人前・一人前社員に感謝し、少しでも役に立つ事、が基本である。
そのためには自ら調べる勉強する、その上で教えを請う。教えられたことは忘れるが、自分で覚えた事はしっかり身につく。
当社社員教育の基本は『自分で自分を教育する』『OJT』である。当社の社員は際立って優秀である。その優秀な社員が何をしているのか、 今何が役に立てるのか、常に社内に対して聞き耳を立てる事、 周りがどう動いているのかをわかるように、自分がどう動けばよいのかわかるように。日報は自分の分だけではなく、全員の分をしっかり読んでおく事。

賞与に関しては貢献度、は当社の山分けの基本方法である。発言・提案に関しては社内に一切の垣根は無い、 が、長幼の序・先輩後輩の礼儀を持った態度言葉使いを忘れてはならない。『会社は民主主義ではない』これも事実である。都度の最終決定は役職に比例する。ただしその決定者をどう説得するか、自分の考えをいかに反映させられるか?は自分の責任であり、上司を上手に使うのは社員の重要な器量である。

又、『心』『技』『体』全て揃った横綱であれば理想である。が世の中はそんなに 難しいものではない。どれか二つしか持ち得なくとも、その二で他がカバーできれば、 もしくはカバーして貰えれば充分である。ただし二つが平均以下または一つしかなければ 全く通用しない事も事実である。
人生で寝ている時間以外に最も長い時間は働いている時間である。働いている時間を如何に充実させられるか、如何に楽しい時間として過ごせるか、 人生の重要な課題である。必ず来る死ぬ時に『面白かった、もう一度やりたい』と言えるように。毎日の日報に『今日の成果はこれだ』と言える成果を具体的に挙げられることがまず肝心である。これまでの人生で初めて自分で選んだ『縁』である。縁というのは大事である。

当社創業者であり、代表取締役会長の成田正史は、
2002年1月20日、病気のため話をする事が不自由になってしまいました。
当時、自らをホームページ担当者に任命し、事業やそれに全く関係ない?
事も含めて率直な思いを掲載していました。
そこで語られていた事は、今日の当社事業発展の礎となっています。
当時の公私混同?も含めた創業者の思いや行動を、株式会社工房の貴重な財産として捉え、そのままの文面で掲載を致します。
ご理解の上、是非ご笑読下さい。

2019年5月30日
株式会社工房
代表取締役社長 成田明正

会長の言いたい放題

会長の言いたい放題(平成29年6月 大社長は会長に就任しました。)
~まずは反省~ 2000年8月にその名も「虫の e 掲示板」と名乗った、本当に虫のいい掲示板を開設したのはよいが、
そんな掲示板が面白いわけも無く、結構覗きには来て頂いたようだが盛り上がりに欠ける内容となっていた。
最も一生懸命書き込んでいたのが我が大社長であるが、ある程度観客を想定すると、言葉遣いにも気を使わなければならず、
日頃の言動からは想像しがたい進行になってしまった事は否めない。
~開き直った会長~ ということで、なるべく人目につかないように、ホームページの奥の奥、
よほど真剣に見てくれないとたどり着かない奥に、その名も「会長の言いたい放題」と開き直った表題で、
あのトンでもないやつはその後どうしているのか・・・という人達が見つけてくれ、やっぱり相変わらずとんでもねーやっちゃ、
と思っていただければ我意を得たりである。全く不定期に書き込みたいときに言いたい放題というつもりでいる。
乞うご期待!(2001/1/1)

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このページを開いたのは貴方の最大の幸運です。

もし(そんな事はないと確信しておりますが)読み進むにつれ、我が社の前途が不安になったらこう思ってください。『よっぽど社員に恵まれているんだろう・・・。』(あまりあてにはなりませんが)

出身は北海道夕張市大夕張

本名 成田正史、1951年(昭和26年)12月6日、北海道夕張市大夕張生まれ、三菱大夕張炭坑の出身。鹿島小学校・鹿島中学校・夕張東高校を卒業しているが、炭坑の悲しさで母校はすべて廃校になっている。
ふるさとだから当たり前だが、今に至って大好きな町である。どこの家に鍵なんてなく、隣近所から色々なおすそ分け、味噌醤油の貸し借りも当たり前、という今では考えられないユートピアだと思っている。

自称大社長

大夕張を出てこの会社を創業したのは27歳の時、また自称で大社長というからにはそうなのだろう。但し自分がいう分には良いのだが他人が呼ぶのは具合が悪く、以前ついたキャディさんがホントにズーと「大社長」というのにはなかなか疲れてしまったということがある。

性 格

悪い!わがまま&自分勝手である。
なぜ我が社のTOPなのかというと、性格が悪すぎて誰も採用してくれず、仕方がないから自分でこの会社を創業したというぐらいで、かわいそうなのは社員とお客様といって良い。命令されると反発する、というタチの悪い性格をしている。最近は社員もできるだけお客様の前に出さないように気をつけているが、どうしても出たがるため、ごめんなさい要員として活用されている。

家庭環境は

愛妻

札幌オリンピックの年昭和47年(1972)から連れ添っている最愛の妻1人、この年になっても一日幾度『愛してるよ』と告白しなければならないことか。入籍は1月4日だが、その後東京上野で嫁さんの身内への披露、そして6月11日には札幌真駒内教会での結婚式と婿さんの身内への披露、と3つの段階にわかれた結果、いまだに結婚記念日に何かをしたという事が無い。その10数年後の6月11日には佐藤部長の婚礼もあり、自分の記念日を確認するために毎年聞かれているような気もするので今後は6月11日を記念日にしようかなとも考えている。また残念ながら大夕張で子供のころからお世話になり、式を挙げていただいた西牟田神父様はアメリカに帰り、川村先生は平成8年に他界されている。

子供

不肖の息子1人、と嫁に行った娘が二人。娘に何を感謝するかといえば、孫を産んでくれた事に他ならない。

3人目の孫誕生!

97年5月12日生まれの女の子と99年4月15日生まれの男の子に加え、2001年6月24日にもう一人男の子が増え、3人になった。もうすっかりいい爺ちゃんといってよい。これが又皆可愛い盛りで、孫ができて大きく人生観が変わったとは自他ともに大きく認めざるを得ないところである。子供が出来ない人達には申し訳ない話だが、子供のおかげで孫に恵まれており、それだけで子供達には感謝している。何せ爺ちゃんに成れたのは大きな幸せだと思っている。

ひまなく遊び歩いている不良年寄1人。これが面白いもので、5年ほど前に、胃癌で胃を摘出、心臓が弱く時々止まるという恐ろしい状況だが、人間悪いところがハッキリしている方がよいのかそれなりに気をつけており、時々薬を飲み忘れては孫たちに怒られている。

本人の人間像

ゴルフをさせていれば機嫌が良いというわかりやすさ。

遊ぶ事なら何でもこなし、唯一遠ざけていたGOLFもはまって10数年、ほぼ毎週末はコースで戯れているのだから、当然といえばあまりに当然か、ようやくシングルプレイヤーの仲間入りをした。実は最近の実力はせいぜい12~3程度が実態なのだが、悪いスコアのコントロールカードは提出せず、良かった時だけ提出したら、このほど(2001年7月15日)JGAのハンディキャップ証明書が届いたところである。数年前ならつきに1度は70台では回っており、85を叩く事はそうそうなかったのだが、今その面影は全くない。歳のせいにしてはいけないのだが,やはり歳のせいである。45歳までなら毎日ラウンドしていても何とかなった。ゴールデンウイークには8日の休日があれば9ラウンドはこなしていた。ところが今は2日と連荘も出来ない。やはり足腰をしっかり鍛えなければと反省している今日この頃である。良くしたもので、やはりシングルプレイヤーという響きは、みっともないプレーは出来ないからしっかり練習しようという気にさせてくれる。まだまだ上を目指すというより、とりあえずシングルだといえる程度の実力に戻るべく気合を入れなおしている。
なお、当然ながら2002年1月6日現在は11となっている。

旅行企画は玄人、しかも社員にも強制。

海外旅行は半年出ないと禁断症状が出る。というぐらいで毎年の社員旅行とは別に年最低一回は欠かさない。99年は仕事も含めて4回というトンでもない話しだけれど、殆どお金は掛けておらず、実態はというと、カンクンはコンチネンタル航空のヒューストン就航記念、そのときのWマイレージでバリ島へ、ギリシャは社員旅行で使ったお金は夫婦合わせて35000円、中国は出張、とそんな感じで、学生のように長期間というわけには行かないが、知らない国への興味は尽きない。

また、大きな声ではいえないけれど、2000年11月に社員旅行でイタリアへ言ってきたにも関わらず、21世紀の始まりの1月5日にはスペインへ10日間に渡って出かけるところである。その間5日間欠勤となる為、年末年始はすべて出勤し、こんなページをメンテナンスしている。(我社は年中無休で常に2人は出勤し、緊急事態に備えているが、代表電話は切っている。)

海外旅行を社員にも強制しているのは、自分の目で見ろ、頭の中で考えているばかりじゃ能書きだけだ。好奇心がなくなりゃおしまいだ。価値観だっていろいろある、世界はもっと面白い、面白いことを探して見ろ!ということらしい。長い人類の歴史の中で、世界を自分の目で確かめられる時代は、ようやくここ20年でしかない。しかも金持ちでなくとも普通に海外に出られる。そんな最高の時代に生まれて、死ぬときにあれも遣り残した、これも遣り残したというんだったらもったいない。と本気で考えている。

以前は歴史と世界遺産がやたら面白く、ローマ・エジプトのピラミッド・万里の長城などを語らせたら終りを知らない。街を歩き始めるとその国々の朝市などを楽しみ、ニューヨークや香港などの混沌の坩堝のようなところでは嬉々として裏通りを歩き回ってた。又自然ではグランドキャニオン・レイクパウエル等はレンタカーで周り感動しまくり、この次のアメリカもレンタカーを利用しイエローストーンへ等と考えている。

ところが99年にメキシコ・ユカタン半島の先っぽCANCUNに行ってからはすっかりリゾートにはまり、特にCANCUNは本当に気に入ってしまい2年連続でかけている。時間と距離的な事もあり、まだまだ日本人があふれかえることはないだろうと思われ、まったく日常から離れたリゾートを楽しんでいる今日この頃である。

又ゴルフが大好きにもかかわらず、海外旅行では一度もプレーしたことは無い。ゴルフは日本でもできるが、その土地ではその土地ならではということを楽しんでいる。

マイレージの帝王

お金をかけないことに関してはまったくエージェント泣かせで、この5月(2001年)に出かけたオーランドはなんと4泊6日59,800円という破格ツアーだった。それで、AAのマイレージはいろいろ併せて15000マイルをGETしており、JALなら札幌←→東京の往復分はGETしている。既にCOのワンパスはオーストラリアもバリ島も行けるだけGET済に加え、紹介キャンペーンで又ガッチリプラスになっている。NWも15000マイルを越しているのでJASの札幌←→東京はOKである。その他1万マイルを越している他社のマイレージもあるが、別にそんな特定のエアラインに拘っているわけではない。だからあちこちのマイレージが貯まるのだが、これだけ遊び回っていれば当然かもしれない。基本的には根がケチであることが大変よく作用している。それでもWEBでカード番号を入力するには抵抗が大きく、その分手数料がかかっても日本のエージェント経由で手配をしているあたりはまだアマチュアなのかも知れない。

社員旅行の手配にもその腕は充分に振るわれ、2001年8月下旬に出かけるアメリカ東海岸ツアーでは諸々の条件によって、参加者全員にCOの2万マイル手に入るべく手配を済ませている。彼らはケアンズやバリ島までの権利を手に入れたという結果である。

話は変わるが遊ぶ時のアメリカ人のノリには驚かされる。ほとんどエンターティナーといってよい。WDWのバスの中では女性ドライバーのステージといってよい状態に盛り上げていた。ほんの20分ぐらいのバスがムチャクチャ楽しかった。

遊びばかり書いていると、実態を疑われる恐れもあり(実はそれが本当の姿だが)当面勤務地は、夏は本社その他は支店、という企みを社員にわからないよう軌道に乗せるという計画を現在着々と進行中である。というよりバレバレである。特にこの夏の暑さは以上で、ほとんどを札幌で過ごしていたという状況である。

ダムに沈むふるさと

生まれた大夕張は炭坑の悲しさ、昭和48年に廃坑になり、大夕張は近い未来に新しいダムが作られ、ダムの下に沈み、地図から消える事になっている。大夕張に関しては、同郷の後輩である飯田さんがすばらしいホームページを作っており感謝している。以下のページへぜひお立ちよりください。

言いたい放題と銘打ったからには21世紀元旦から第1号の発刊である。

ネットの匿名性

匿名の中傷等での被害者に対して発信者の氏名開示を定める新法ができそうだと事である。
これは評価したい。
匿名性というものは如何に書く者の品位を落とすかという事を実感している。
弊社の場合性善説に立ちすぎた全くオープンなサイトなため、結構メールを戴く。
多いのは高速バス運行への質問やクレームなのだが、匿名どころか何の署名も無いメールが
半分以上を占める。広報担当の小生として必ず返信をするのだが、
無署名の場合必ずといってその後何の音沙汰も無い。
きちんとした署名がある場合はほとんどの場合お礼のメールを戴け、大変気持ちの良い思いができる。

バス事業者と各社の対応が話題になった事がある。
1、まずWEBにメールアドレスを公開しない事業者、
2、公開して、すべてのメールをTOPまであげる事業者、
3、公開しているが、すべてのメールをTOPまであげるのではなく、
匿名や無署名且つ言葉遣いも含めて常識が疑われ、
TOPにあげる意味どころか見せたくないメールはカットするという事業者、
その3種の対応だった。

1の公開しない事業者の「対応する人間がいないと返って失礼。」
という言い分も良く分かるが、であればやはりそれ自体を業務に組入れるべきだろうなと思った。
2のすべてというのは担当者によってはずされるメールを危惧するTOPというのも分かりそうな気がするが、実際には本当に大変だろうと思われる。
そうしてみると、やはり3が妥当なのだろうと思う。
そう判断せざるを得ないぐらい、匿名性というのは人間の品位を落としてしまう、というのが実感である。
3の場合でも、あげられなかったメールについて時々チェックする事によって、
チェックする担当者の緊張感にもつながるだろうから、
良い情報だけしか上がらないなんていう危惧はTOPの問題だだろう。

2月には発車オーライネットへWEBから予約を受け付けるサービスを開始する予定だが、
これは全く性悪説に立ったシステムとルールにせざるを得なかった。
残念ながらバス事業者はWEBに対してまだまだとても臆病だが、現実はそれを理解してあげなければならない。
今考えられている新法によって、性善説に立った「WEBは信頼できる」という文化を築けないものか、と思う。
ハッカー的なことは益々増えるだろうが、普通の参加者を疑わなくて良い、
となったら益々色々な可能性が開けるだろうと思う。(2001/1/1)

中高年には大変なIT

IT産業を経営している人間が言うのも大変不謹慎な話だが、
しじゅう使っている定型的な使い方ならいざ知らず、
たまにしか使わないものは大変な騒ぎになってしまう。

年末年始にたっぷりパソコンに向かったから言うのだが、
年齢から来る記憶力の衰えはすごいものがあり、なさけない程である。
体力の衰えも含め、年齢には勝てない事を実感せざるを得ない。

毎日パソコンに向かい、ホームページを担当し、常日頃からITを語り、ITを飯の種にしているのだが、
以前やっていた事をコロコロと忘れている事に気がつく。
年賀状ソフトなど見事なまでに最初からはじめるのと大差ない。
幸いにして自分ほど恵まれた環境にいる中高年はザラにはいない。
何しろ分からなくなれば聞けば良い、回りは技術者だらけである。
又かと言われながらも教えてくれる。

連中に言わせると、Windowsは「勘」が大事だという。言われてみるとそのとおりで、
勘所が身につくまで進化を待っていてもらいたいくらいだ。
これだけ恵まれた環境にいる自分にしてこうなのだから、世の中の中高年は推して知るべし、だろうと思う。
皆苦労しているんだろうな、と思わず同情してしまう。
肝心なのは価格の低下よりもヘルプデスクの充実ではないのかと思う。
もしかすると日本人のサービスには対価を支払わないという文化は、
ITパソコンによって駆逐されるのだろうと思う今日この頃である。

せめてお客さんにはバレないように、能書きだけでも猫をかぶれるように、
又できるだけ常日頃から新しい利用方法にチャレンジして記憶力を叱咤激励する必要性を
痛感する年末年始だった。

ワシは優秀な観光部長

前回で我社を不安になられた方がそうとういるだろうと言う事を考えると、
フォローが必要だと思い、言い訳を書いておく。

社内で常日頃口にするのが
ワシぐらい優秀な観光部長は世の中におらん。
ワシが理解できない、分からん事はバス会社の部長連中に分かるわけがない。
だから分かるように作れ、説明せい、といっている。

どうしても技術が必要な業務だから、必然的に理数系技術系の社員が多い。
彼らが分かるから、佐藤部長や松井課長が分かるかといえばトンでもない。
システム作りとはそんな連中の事を念頭においておかなければいけない。
その意味で佐藤部長や松井課長もシステム作りに充分貢献しているといえる。

我社は、技術を裏付けにして、業務に役立つ仕組みを作る事に尽きる。
何が必要で、その実現にはどんな技術が必要で、
使ってもらうにはオペレーションは易しい方がいい。
何が必要なのかは日頃からお客さんと色々な話をしていなければヒントがつかめない。
だから需要を掴まえてくる営業が大切なんだ、
営業が会社の指針なんだ、と言うことになる。
我社の色々なシステムや仕組みはすべてそこからである。

以前から営業を経験した事のない奴は使い物にならない、
世の中お互い様だという事が理解できない、と常々公言し且つそう思っている。
我社は純粋なソフトハウス(製作専業)ではなく、
自前で考え、自前で作り、自前で売り、自前でサポートを行う。
システム担当社員もサポートを通してお客様に接し、半営業的な感覚は必須になる。
これは大事な事だと改めて思う。とても足りないけれど、それでも随分ましだと思う。

フォローになったろうか、いくら言いたい放題と銘打ってもフォローが必要な
表現は控えなければといってしまえば、言いたい放題ではなくなってしまう。
当分はこれでいこうと思っている。

破れたら縫え

続いて、「堪忍袋の緒は切るな、」何を隠そう今年の運勢である。
日々しっかり頭に入れておかなければならない、とは思うが中々そうはいかない。
だからこそ「破れたら縫え」なのだろうと思う。
言いたい放題とはこれがなかなか良い袋で、とりあえずこの袋に放り込んでおくという方法がある。

いったい何のことか、乗合自動車部門の人達へ「言いたい放題第一回」とでも銘打とうか

高速バスは乗合バスの事業というより、貸切バス部門が行ったほうが必ず成績があがる。
別にここで初めてかく事でもなんでもなく、かねがね放言している事なのでどんどん筆が進んでしまう。
貸切バスの人たちは市場の中で仕事をしており、常にお客様と面と向かい、
乗合のように持っている路線が権益というのとは全く違うため、
評判が悪ければ当たり前のように次回の仕事は来ない。
別に貸切バスに限らず世の中の多くの業態が同じようなものである事はいうまでもなく、だからこそ
お客様を大事にするし営業感覚無しには仕事にならない。
しかも労使ともというより、直接お客様と触れ合っているのは運転手さんでありガイドさんである
ところのいわゆる労働者である。
乗合の人たちに実にかけているのが、この営業感覚であり「お客様」という感覚だろう。
別にすべてがと言うつもりもないが、「多くが」ならいえる。
必要なのは、まず選択してもらえるお客様サービスにあることはいうまでもない。
まず他のキャリアにであり、同業他社にである。自分達の都合以前に、お客様の都合である。

社内調整云々に必要な理屈は「お客様が望んでいる」であり、「お客様サービス戦争に勝つには」であろう。
その前に社内調整や組合との折衝など一体何がたいへんなのか、
同業他社の横並びでよかった時代はとっくに過ぎており、他よりも優れていなければならない時代
である事に一体いつになったら気が付くのかと思うのはしばしばである。
バス業界では最初に貸切バスの人たちとお付き合いをさせていただき、
しかもその後もずーと長く大変気持ちの良いお付き合いが続いている。
それが最近の貸切バス業界の不況はいいようもなく、大変つらいものを感じざるを得ない。
それがなんだかんだ言いながら高速バスは1車両あたりの年間売上は軽く貸切バスの倍は売り上げるだけに
お客様が第一ではないその感覚に対して、
「破れたら縫わなければ」「堪忍袋の緒は切るな」を益々座右の銘にしなければならない今日この頃である。

”北海道の家”構想

”北海道の家を首都圏でも”は結構前から考えていたが、弾みのつくことが幾つかあった。
発端は首都圏支店管理人室からだが、何せ”寒い”のである。
その後それまでマンション住まいの友人が建売を買ったが、やはり”寒い”という。
最近朝のNHKで、マンションと一戸建ての比較、というのをやっていて、まず、マンションは暖かい、一戸建ては寒い、から始まっていた。
それがいわゆる一般常識なのだろう。
本州の住宅は高温多湿に合わせて風通しが良くなる作りをしているのだそうだが、確かに風通しは良い。何せ寒い。ところが冬には窓に水蒸気がつく日がある。
北海道で言うところの結露である。
風通しが良くて結露とはうそだろうというぐらい、北海道では考えられない。
札幌の自宅は在来工法木造住宅で既に築10年だが、隙間風なぞ考えられない。
セントラルヒーティグだから、冬だって寒いなんてことはない。窓に結露なんて考えられない。
それじゃ壁内部の断熱材などが腐ってくるのでは言うが、昔ならいざ知らず10年前なら十分
考えられた工法になっているとのこと。
札幌だからエアコンはついていないが、仮にエアコンをつけても冷えはバッチリと思われる。
もっとも各部屋に換気のロスナイ(商品名か?)を付け、常に換気は心がけている。
密閉性が高く且つ換気に優れ、夏のエアコンはバッチリ効き、冬暖かく、防音性も高い。
きっと北海道の家はこの点で本州の家より優れていると思う。
建築業界にいる友人もそれは豪語していた。

株式会社 発車オ~ライネット

「発車オーライネット」はもうそろそろ(株)三共システム工房の1事業
という枠を越えつつあるのではないか考え始めている。

不謹慎な話だが、発車オーライネットサーバのダウンが及ぼす影響はムチャクチャ広範囲になっている。
しかもそのネットワークはまだまだ多方面へ増殖しており、
代行収納サービス会社・コンビニエンスストア・旅行代理店等々接続される数を考えると
軽く数万の端末数となる。
既にWEBやi modeへ公開している空席照会だけでも1日3万ページビューを軽く越している。
扱い路線数が増えるほど担う役割、そして多方面へのネットワークへのセンターサーバとして、
発車オーライネットの役割は益々重要になっており、同時にその責任は益々重要になる一方だと思う。
バス会社自体、もう昔の手仕舞いスタイルには戻れない。
それだけにシステムダウンにはやたら怒られる、それは当然だと思う。
それだけにこれからの投資も大きくなる事が予想されるのも至極当然である。

本当に重ねて不謹慎な話だが、トラブルによって影響を受ける範囲が広いと言う事は、
逆にもうほとんどパブリックといってよい存在ではないかと考えている。
これを維持運営管理してゆくのは、単に(株)三共システム工房という私企業というより、
もう少しパブリックな事業体が適しているのではないか、と考え始めている。
例えば、「株式会社発車オーライネット」というのはどうだろう。
「事業協同組合・発車オーライネット」だって良い。
発車オーライネットを利用する、必要とするいろいろな事業体が出資して、
新たにパブリックに近い事業体を設立する必要性があるのでは、と感じている。
行う事業は発車オーライネットにとどまらず、例えば予約センター(コールセンター)事業が視野に
入っててもおかしくは無く、アウトソ-シングの方が効率の良い事業は結構あると思う。

発車オーライネットは「がんばれバス旅計画」の中の一つとしてバスラマ誌
に掲載させていただいたのが始まりだった。
「高速バスはマイナーであり、市民権を得るためにも、云々」と使命感に燃え、
95年にIPAへ申請し、認められた6800万円の開発当初資金を元に開発し、
それ以上の旅費交通費をかけて全国津々浦々まで説明に歩き、
投資した総金額を考えてもよくやったものだと思うが、
理解してくれたバス事業者や旅行代理店のそれぞれキーマンとなる人々に恵まれ、
ささえられてもうすぐ導入事業者数も50社を超えるところまで来ている。
我ながらよくやったものだと思う。

評論家的に、思うだけなら皆思う。考えるだけなら皆考える。
現に我社が始める数年前にも日本バス協会からも、こういうものが必要だ、という答申は出ていた。
それでは誰がどうするのかという事が肝心な事で、誰も手を挙げない。
実は私企業だからやった、出来た、と考えている。

ボランティアであれば誰もやらない、事業として成り立つ事を前提とした先行投資だからがんばれる。
と始めた事なのだが、実際にはボランティアに近い思い込みが無ければ、ここまではがんばれない。
残念ながら、新たに始める事、開拓する事、と継続する事、維持する事、とは全く違う事業だと思う。
開拓するときはボランティア精神が重要だが、
維持継続するときは、ボランティア精神があってはいけない事になってくる。
維持継続する時こそ事業でなければならない。
ボランティア精神が生むのは、「俺だってこんなにがんばっているんだ、」という気持ちである。
維持継続を旨とする事業は、「あんたはそれで儲けているんだろう?。」と言われて、
「はいそうです。儲けさせていただいてありがとうございます。」
と頭を垂れる商い精神・前垂れ精神でなければいけない。
そういう意味でも新規開発・開拓と維持継続は全く次元が違う事だという事がよくわかる。
狩猟民族型と農耕民族型の例えに近い。

ちなみに前置きをするが、これから先の事は愚痴でしかない。正論では無い事は百も承知で
愚痴っているだけなので、あいつはこんな事を考えている、と上げ足は取らないで欲しい。

雪印の社長ではないが、言い訳できない事を謝らなければならないのは大変疲れる。
大きな苦痛である。何を言ったって言い訳でしかない。だから言ってはいけない。
バスターミナルの窓口にはお客様が並んでおり、窓口対応の方々も怒られているわけだから、
我々にそのように怒鳴るのも当然の事で、
「社長を出せ!」と言われて巻き舌で怒られるのも当たり前の事だとは理解している。
そこで口にして良い言葉は、「大変申し訳ございません」しかない。
それ以外に言って良い言葉は無い。

けして「私だって寝ていないんだ!」と言ってはいけないのである。

本来そうでなければならないのは当然なのだが、では我々は誰を怒鳴ればよいのか、
と言ったって、そのOSメーカーを使っているのも、DBを使っているのも、ハードウエアにしても
全て自分で選んでいるのであり、仮に彼らを怒鳴ったからといってすぐに解決する事は殆ど無い。
そもそもハード保守以外、時間外には電話はつながらない。

発車オーライネットは仮にシステムダウンがあっても、どんな事があっても、
翌朝までには復旧を終えなければならない。

残念ながら、飛行機の予約発券システムやJRのマルスがダウンすると翌朝の新聞に載るが、
バスの発車オーライネットがダウンしても、新聞には掲載されない。
全体から見ればマイナーのバスではあっても、やはり公共交通機関であれば影響はとても大きい。

そんなこんな、全て理屈ではわかっていても、ストレスはたまりまくる。
開拓型狩猟型の人間なんてそんなものである。
残念ながら理屈では無く、男と女の違いぐらい違っていると言って差し支えない。
だからこそ維持継続には狩猟型よりも農耕型が向いていると思う。
それでも、維持継続体制に入る前に、開拓型が無ければ維持継続するもの出来ない。
維持継続するためにも又常に開拓が必要である。
ただし役割の分担があった方が、両方うまく行くのでは、と思うので、
表題の「株式会社・発車オーライネット」をと考え始めるのである。

もっともこれは小生が思っただけでは何の前進も無く、どれだけ理解者が増えるか、
賛同者が増えるかなのだが、単なる愚痴では終わりたくないものだ・・・・・。

発車オーライネットとAIR DO

AIR DOが出来たころ(就航前)と今年はじめに表題を真剣に提案した。
結果は2回とも不採用なのだが、世界一のドル箱路線である東京札幌間だけ
しか飛ばなくて良いのであれば、よほどやり方を間違いない限り絶対儲かるはずと思っている。
その後、最近(5/31道新)以下のように報道されていた。

エア・ドゥ融資で追跡調査 札幌市

経営難の北海道国際航空(エア・ドゥ、本社・札幌)に対し、
予約システム導入など設備投資に約五億円を融資した札幌市は三十一日午後、
同社の財務内容や設備投資の進ちょく状況を確かめる緊急調査を行う。
財務内容も含めた融資先の民間会社への調査は異例だ。同市が四月に行った融資は、
1)旅行代理店と直結した予約オンラインシステムの導入、
2)営業車リースなど営業活動強化、
3)新千歳空港内カウンターの移設、
4)首都圏主要駅内で宣伝看板設置―

など使途を明確に限定。搭乗率向上を図る設備投資として融資していた。
設備投資のうち空港カウンター移設などは既に実施されたが、
二億五千万円の事業費を見込む予約システムはいまだ業者への発注段階で、
運用開始は同社が当初予定した今秋から「早くても来年二月」(関係者)と遅れている。
このため、札幌市は予約システムの進ちょく状況を報告させるとともに、
同社が設備投資以外の目的に融資した資金を使用していないかも調べる。

この報道には驚かされた。結果見事に敗退したのであるが、小生は以下を基本に
飛行機会社であるAIR DOに発車オーライネットを提案していた経緯があった。

①エア・ドウは札幌・東京間だけの運行であること。
(バスのようにあちこちの路線・たくさんの停留所があるわけではなく、シンプルなこと)
②発車オーライネットを利用する旅行代理店網はまったく同じである事。
③旅行代理店以外の販売インフラも同じである事。
④発車オーライネットのインフラを活用できること。
⑤道路上にバス停があるバスと違い、必ず空港でチェックインできること。
(旅行代理店では搭乗券を販売するわけではなく、搭乗引換券の販売でよい事)
⑥結果、コストパフォーマンスが高いこと。

ちなみに発車オーライネットのページを開いていただくと良いのだが、
高速バスを利用してもらうために発車オーライネットが既に行っていたりこれからやろうとすることは、
①WEB空席照会サービス(サービス提供中)
②WEB予約サービス(サービス提供中)
③ローソンなどコンビニMMK利用代行収納&発券(サービス提供中)
④大手旅行代理店東京仕入れセンターへの発車オーライネット設置(サービス提供中)
⑤大手旅行代理店支店網イントラネットへ予約サービス提供(じきサービス開始予定)
⑥コンビニMMKから直接予約&販売&発券(じきサービス開始予定)
等々なのだが、①②以外すべて単独では不可能で、関連する事業者と共同で行わなければならない事だらけである。

これらを踏まえて、道新報道を論評すると、
1)旅行代理店と直結した予約オンラインシステムの導入に2億5千万とはばかげているとしか思えない。
まず旅行代理店オンラインが不要な時代になっているという基本的な認識不足がある。

今他のエアラインが行っている「予約だけで空港へきてくださいキャンペーン」は、
①旅行代理店はずしによる手数料削減になること、
②事前購入に出かけなくて良いという利用者サービスになること、にある。

それでも企画・団体等の旅行商品は旅行代理店としっかり手をつないでいるが、
別にオンラインで繋がっていなくとも、手仕舞いまでその分の座席をブロック提供
する事で何の問題もない。(手仕舞いとは売れ残った座席を返却してもらうこと)
その後運行までの発生手配期間は発車オーライネットが提供する、イントラを利用
した予約サービスで十分といえる。(発券はそれぞれの発券端末を利用)

要は時期によってオペレーションを区分けをする事にある。
①旅行商品集客・旅行代理店協力期間(手仕舞いまでの運行から2週間前まで)
企画・団体旅行商品用にはブロックで提供することにより、利便を図る。
②発生手配期間(手仕舞いから運行までの2週間)
予約を頼る必要が無く、せいぜい発券のためのみに旅行代理店を頼る期間。
③予想オーバーブッキングオペレーション。
取消し対策に不可欠であり、このオペレーションが腕の見せ所といえる。
最近他のエアラインは事前発券不要に備えて以下のような対策も打ち出している。
ANAフレックストラベラー

自由競争の時代、これからは何でもありで、
それぞれこぞってひねり出す新しい利用者サービスが
どれだけ利用者に受け入れられるか、という競争である。
そこに旅行代理店とオンラインという旧態依然とした発想は、
お金をドブに捨てるに等しい愚挙といってよい。
ましてや2億5千万円である。補助金のように返済不要であればともかく、
2億5千万円をは大金である。
そもそも旅行代理店も迷惑な話であり、彼らがオンラインシステム構築に、
たとえAIR DOの費用で行うといっても受けるかというと、????である。

たとえAIR DOといえども、飛行機関係者は、「バスと飛行機では格が違う。」
というプライドがこれまでの最大ネックとなり、商談は成立していないが、
人の金をあてにし、借金不感症に陥っているようにすら見えるAIR DOへ
札幌市の予約システム構築専用融資2億5千万円は、とても支援とはいえない。

携帯電話がバスのチケットになる日

超小型の持って歩けるコンピュータに通信機能をつけたのが携帯電話だといってよい。
しかも記憶要領もドンドン大きくなり、そろそろ具体的な話だと認識しなければならない。

携帯電話が定期券になる。
携帯電話がバスカードになる。
のである、

バスの時刻表を携帯電話から確認するのは今でも既に普通の事で、

高速バスの空席照会を行う、それが今日の発車オーライネット、
明日の発車オーライネットは予約をする、
明後日の発車オーライネットはそのまま乗車券になる。
それは大げさにしてもそれぐらい近未来に実現するだろうと思われる。

インフラというのは整備するのは本当に大変で、
青函トンネルや本四連絡橋のように、出来上がった頃にはお金の無駄遣い扱いされる。
それがインターネットのインフラ整備はアットいうまにブロードバンドの時代に入り、
携帯電話の進化と普及は他に例え難い予想の上を行っている。
とにかくわざわざインフラをどうだこうだというまでも無く、
勝手に猛烈な勢いで進化と普及が進んでいる。

爺ちゃん婆ちゃんは携帯電話を持っていない、
それは今までどおり運賃箱でやって貰えば良い。
別に2者択一を迫られているわけではない。
新たな道具が増える、しかもやたらと便利な道具が、と考えればよい。

大社長 本名で登場

言いたい放題第一回で取り上げた、ネット上の匿名性だが、益々ひどくなっている。

弊社サイトにはあちこちにメールのリンクをつけており、随分メールを頂くが実に多いのが無署名である。
きちんとした内容のメールを頂いていても無署名の場合にはがっかりする。
普段手紙を書く場合無署名では投函しないだろうが、ネットでは無署名が多い。
故にわざわざ
”匿名や無署名の場合返信はいたしません”旨記しているのだが効果は薄い。

そこでせめて言い出しっぺの張本人である我らが大社長から本名を名乗る事にした。

場所はhttp://www.j-bus.co.jpの会員専用掲示板である、
ここでは以前からごめんなさいの時には”代表取締役 成田正史”で行っていた。
トラブル報告の場合も同様に肩書き付き署名が当然だと思っている。

元々会社概要欄には本名どころか”生年月日””住所”まで記しており、
社員トピックスや自己紹介ページでは、本人どころか家族の写真まで公開している。
これはやりすぎだと思うので別に真似をして貰いたい訳ではないが、
このことによってまだ不利益は無い。

そんな事を考えると人のことを匿名がどうだ、無署名がどうだというからには
まず自分から名を名乗ろうという事に決めたという次第である。
なお、本欄は今後も”代表取締役たる成田正史”が”大社長”と名乗って言いたい放題を記す。

もっとも軽く半年ほっぽらかしてしまったことには大反省しており、少しマメに更新することをココロガケル。

最近の発車オーライネット (総合交通誌2001年11月号寄稿文)

お陰様で現在、発車オーライネットを導入いただいた事業者は五十社を超えている。
本当にありがたいことである。弊社ではWEB予約、コンビニ販売など、次々に新しいITサービスを開始しているが、その中で感じることを寄稿した。

“責任は自分が取る!”方々

高速バス予約ネットワーク“発車オーライネット”は、今でこそ五十社を超えるバス事業者に採用いただき、手仕舞いのないことやWEB予約もコンビニ発券も特に目新しいことではなくなったが、ここまで至るには、かなりの時間を要した。開発完了の翌年から五年間で返済するIPA(情報処理振興事業協会)の資金も今春払い終わっており、開発に着手して七年、最初の発想から数えると十年近い歳月が過ぎたことになる。
今、改めて感謝しているのが、当時は高速バスに実績を持たない発車オーライネットに対し“責任は自分が取る”と、リスクを負っていただいた方々である。当時は、導入いただく会社側から見れば、実績を持たない弊社との取引に、稟議を書く担当者の方をはじめ随分と苦労があったと思われる。
そんな中で、発車オーライネットの構想を支援していただいた方々、コンビニ販売など付加価値をさまざま付けていってくれた方々、“責任は自分が取る”と導入していただいた方々、本当にありがたいことだった。
弊社はバスの情報システムサービスで食べている会社である。したがって当然、業界全体の収益がよくならなければ弊社の収益もよくならない。高速バスの市場が大きくなることでバス事業者も発展し、弊社も大きく成長させていただける。
そこで、日頃から感じていることを寄稿した次第なのだが、実際にバス事業を行っていない門外漢が何を言うのかという向きもあろうかと思うが、外からだからこそ感じることに、傍目八目があるかもしれないと大目に見ていただければ幸いである。

「バス“も”良い」ではなく、「バス“は”良い」へ

つい先だって東京陸運局から東京バス協会を通じて、高速バスの予約方法について改善要望が出された。
利用者の「夜行高速バス出発時間前に予約センターは閉じてしまい、利用者にとって大変不便である。空席情報がないまま乗り場に行っても満席であれば無駄足になってしまい、困る」との声を受けての改善要望である。氷山の一角であるたくさんの声の一つがようやく関係官庁の部署に届けられたのだろう。
バス会社にしてみると、ほぼ当たり前に近い現在の予約体制は、利用者や他の乗り物から見た場合、考えられない体制でもある。電車や飛行機と違い、必ずしもターミナル発着ではないことなど難しい面もあるが、利用者の利便を考えると、現行体制を変える“何か”を検討する余地があるのではないかと感じる。
規制緩和によって、どのような新たな発想が生まれるのか。バス業界のシステム化に長く携っていると、自分の発想自体、固定化されていないか心配でもある。業界以外の発想がこの業界に持ち込まれるというように、新しい発想を本当に楽しみにしている。
緩和当初は、デフレを進ちょくさせるような発想もたくさん出るのだろう。しかし、付加価値を増す、「バス“も”良い」ではなく、「バス“は”良い」という中身を作り出してアピールし、競争し合うことによってバスがもっと認知される時代にしたい。
高速バスは優れた乗り物、移動手段だと言うことを広めたいと思っている。

発車オーライネット誕生の必然性

発車オーライネット構想を当時の通産省の外郭団体であるIPA(情報処理振興事業協会)に提案し、開発資金の手当てを受けた。これは、従来の高速バス予約が、あまり利便のよい予約ネットワークではなかったことによる。利用者から見れば、出発日前日や当日は復路座席在庫は持っていないことなど想像だにしないし、手仕舞いという仕組みを考慮して利用しようとする人などまずいない。
しかし、ITネットワーク時代が始まり、これまで実現不可能と思われていたものでも、低コストで簡単・便利に使えるようになった。そして、ひとつのサービス向上策として、利用者に提供できるようになった。
そういう意味では、自社システムを相手会社にも利用してもらうといった方法や(京阪バス・京王バス・西鉄・北海道中央バスなど)、第三者事業体に委託して共同利用する(西武バスなど)といった方法をとっていたバス会社は先駆者だったと言える。

空席照会・コンビニ販売ますます便利に

発車オーライネットを利用した高速バス空席照会サービスサイトである www.khobho.co.jp/bus/top.htm の月間閲覧数は八月に二百万ページビューを超えた。この空席照会は二十四時間サービスを提供中である。
また、コンビニのMMK(マルチメディアキオスク)で乗車引換券の販売も開始しており、まずはローソンのロッピーで予約済の乗車引換券販売サービスが開始され、その後この七月からはファミリーマートへも展開している。東京ではセブンイレブンのセブンナビでの販売も開始されている。
旅行代理店の店頭では取扱手数料として利用者から別途数百円を徴収している場合が多いが、コンビニで購入する場合この費用は不要である。当然ながら販売時間も長く、ローソン・ファミマでは二十四時間、セブンイレブンでは六時~二十三時の間である(この違いは事前に予約済の購入か予約も発券も同時にできるかによる)。

宝の山に目を向けニーズをつかむ

共同利用を前提としているWEBサイト www.j-bus.co.jp では、予約サービスを提供しているバス事業者の数も増えてきた。WEBサイトで予約を行い、コンビニでの発券という流れは完全に定番化している。
このサイトでは掲示板をオープンにしており、多種多様な利用者の意見が書き込まれているので、ぜひ一度覗いていただきたい。また、直接たくさんのメールも寄せられる。メールや掲示板からは、供給する側の感覚ではない利用者の感覚がよく分かる。
WEBでの予約サービスを提供するだけで大きな進歩、という感覚が、すぐに大きな勘違いだったと気づかされた。
寄せられる意見は、発券はどこで行えばよいのか、コンビニでは発券できないのか(コンビニ販売を採用するかどうかはバス事業者の判断)、キャンセル待ちは受け付けないのかというように、飛行機や電車の提供するものと同等またはそれ以上のサービスを求めていることが分かる。それが顕著に見てとれるのは、たとえば、ローソンに行っても発券できないという趣旨の苦情が多い。
いろいろな理由により、一つの事業者で全路線をWEB予約ローソン発券・セブンイレブン発券のすべてに対応している事業者は無い。しかし利用者が、同じ事業者であれば他路線もできるだろうと想像することは当然だとも言える。つまり、バスにはバスの、各事業者には事業者の都合があるとしても、それはバス側の都合で、高速バ
スに気軽に乗りたいという人にとっては、飛行機や電車と比べて不便なサービスという印象を抱かせてしまうということである。
弊社ではメールアドレスを公開しており、直接システムとは関係のないバス運行などに関する苦情も寄せられる。したがって、バス事業者へはたくさんのメールが届くことは充分想像できるが、利用者からのメールは宝の山だと思う。
それならと弊社では、「バスに対する苦情や提案をお寄せください」と掲載してみた。すると、これまでは予約や発券に関連する事柄がメインだったのが、それ以外の意見が結構、寄せられる。ありがたい話である。
これからは、利用者が求めるものを、放っておくわけにはいかない時代だ。弊社は利用者が喜ぶ仕組みをシステム化し、バス事業者へ提案する。そのためには、利用者・事業者双方にとって好ましい環境を築くために、利用者の意見は貴重な財産となる。
ホームページ上でメールアドレスを公開し、自社のサービスなどに対する目安箱として利用する価値は、大いにあるのではないだろうか。

バスとして標準的なサービスを

利用者にとって、利用したい路線ごとにこの路線はどんなルールなのだろう、と調べなければならない。これはとても不便な話だ。
せめて、発車オーライネットを予約システムとして活用しているというベースがあれば、何とか利便向上に貢献できるのではないかと思う。WEBやiモードで空席状態の確認・予約ができ、どのコンビニでも乗車券を購入でき、エージェントの窓口に行ってもスムーズに発券できる。こうした、利便向上のためのネットワークができるだけ早く実現できるよう、弊社としてもがんばりたいと思っている。
三共システム工房は、高速バスのシステム開発だけを行っているわけではない。ぜひ、弊社サイトを訪れていただきたい。
http://www.khobho.co.jp/
http://www.j-bus.co.jp/

3人休み

今から30数年前、大社長がまだ高校へ入学したばかりの実力テスト、
150人の入学者全員が受けたはずなのだが、大社長は147番だった。
ただし3人休んでいた。

人間歳をとり、故郷から離れていると益々故郷が懐かしくなるが、
北海道立夕張東高校は素晴らしい高校だった。
卒業生は立派な大人になるのは大社長が証明済である。
昭和42年入学の小生達が第6期生で、昭和58年には廃校になった。
今学校のあった場所へ行くと残っているのは記念碑だけである。
炭鉱の町だけに、炭鉱が閉山すると学校もなくなるのはしかたが無い現実だ。

故郷大夕張は今年からダム建設工事が本格的になり、既に地図上ではなくなっているのだが、
本当にダムの下の町になるのもそう遠い事ではないらしい。
高校は高台というか山の上なので下にはならないが、
うまれ育った春日町南2丁目7番地は確実にダムの下になる。
長野県の何とかという知事はできれば北海道の知事をやってもらえないかというのは結構マジな願いでもある。
長じて同窓会などになると、改めて実感するのが、先生達との歳の差で、今となってはこれがほとんど差がない。
学校も新しければ、先生達も新しく、学校出たての独身の先生達がほとんどのようなものだった。
全く余談だが、結構たくさんの先生達が当時の教え子を嫁さんにしている。

彼らは実に熱心で、150人の生徒が途中転校などはあったかも知れないが、全員そのまま卒業している。
小生は些細な事で3度ほど停学を頂戴しているが、退学にはなっていない。普通3度停学になれば退学が
当り前だと思うのだが、彼らは「退学をさせてはこいつの思う壺で、教師の敗北である、
それなら停学に留めておいて、しっかり教育する。」というような感じだった。
どうせ150人中3人休みの147番の生徒なのだからほっておいてもよさそうなものだが、
今となっては大変感謝している。全員留年も無く卒業させてもらっているのは先生達の情熱に他ならない。

大夕張というのは本来の地名ではなく、三菱大夕張鉱業所という炭鉱で、正式な地名は鹿島という。
中学校のクラスはA組からI組までの合計400人強で、2期上はK組まであったくらいだから
戦後の炭鉱の全盛期はすごいものだった。
大夕張の人間は100%炭鉱に関係している完全な企業城下町で、その中でも炭鉱というのは特殊だろう。
ここで生まれ育って良かったことはたくさんあるが、「大きくなったらこの町を出なければならない。」
と頭から思い込まされていた事もそのひとつだ。
死んだ親父を含めてほとんどの親が、炭鉱は危険な職場故に息子にはやらせたくない。
娘にも嫁に行って貰いたくない、と教え込んでいたようだ。
そんな事だから、高校を出たら必ず故郷を出るのは、全く当然な既成事実である。
これで子供は当然のように故郷を出た後の自分の人生を考えるようになる。
どの親だって、戦後の混乱期、家族を食べさせるために危険な職場の炭鉱へ来ている。
それだけに子供にはというのはあったのかも知れない。
そして故郷を出るのも当り前だから、自分がやろうと思うことが先で、どこでなければ、
というこだわりも無い。基本的にフロンテイア精神を植え付けられているようなものだ。
また3人休んでたって、「おまえは出来が悪い」とは言わない思わせない教育が素晴らしい。
最近のサラリーマン教師達に爪の垢を煎じて飲ませたいぐらいだ。

大夕張を語りだすと止まらない。その150人の同級生のうち50人ほどが本州に住んでいるが、
東京で毎年12月に行う同窓会(同学年だけだが)にはしっかり30人は集まって飲む。

どうも単なる単なる年寄りの昔話になってしまった。
たまにはこんなのもいいだろう。